〜アチェ紛争〜
インドネシア、スマトラ島のナングロ・アチェ・ダルッサラーム州では「メッカのベランダ」
と呼ばれるように敬虔なイスラム教徒が多く、また石油や天然ガスなどの天然資源が豊
富です。その天然資源の利益が地元住民にほとんど還元されないことや宗教の違いな
どを理由に、アチェは長い間独立を求めてきました。中でも独立派の自由アチェ運動(G
AM)とインドネシア政府軍(TNI)の約30年にわたる紛争は非常に激しく、一般市民へ
の被害も想像を絶するものでした。GAMの一掃を図る国軍による一般市民の殺害、拷
問、レイプ、誘拐、放火などは後を絶ちませんでした。
*日本はアチェの天然ガスを大量に輸入しており、決して無関係ではありません。

アチェ紛争の歴史
15c末 アチェ王国建国
1873〜1912 アチェ戦争(オランダ領となる)
1949 インドネシア共和国成立、アチェも同国に併合される
(アチェの独立意識が高まる)
1953〜1962 ダウト・ブルエ反乱/インドネシア・イスラム国家建設闘争
(アチェ州が「アチェ特別州」となる)
1976〜 自由アチェ運動(GAM)発足
1989〜 アチェを軍事作戦地域(DOM)に指定(GAM掃討作戦が行われる)
1998〜 スハルト退陣、DOM指定解除(抑圧されてきたアチェ人の不満が爆発)
2000.5.12〜2001.1 人道的停戦
2001.4 軍事作戦復活
2002.12.9 COHA敵対行為停止協定調印
2003.5 軍事非常事態宣言(軍事戒厳令)
2004.12 スマトラ沖地震・インド洋大津波
非常事態宣言を解除
2005.8 和平協定(MoU)調印
GAM武装解除、国軍撤退
〜津波と平和〜
2004年12月26日スマトラ沖地震・津波発生。非常事態宣言下にあったアチェは海外
からの緊急支援活動が遅れました。のちに政府は非常事態宣言を解除、世界各国から
支援が集まりました。そして、2005年8月15日ヘルシンキでGAMとインドネシア政府の
間に和平協定が結ばれました。GAMも武装解除、国軍の撤退、GAMの政治参加、人権、
恩赦
社会への復帰、天然資源の利益の70%の還元や地方政党の結成などが認められ、停
戦監視団(AMM)も設立されています。しかし過去の和平協定が失敗に終わってきたこと
から、人々はこの平和がずっと続くのかという不安を抱いています。また、今までの紛争被
害者への補償や心の傷などの問題もたくさん残っています。今後も国際社会が見守ってい
必要があります。

